logo_s.gif (1064bytes)



i_1.gif (437bytes)
■先鋭的な女ロッカー、創造の源は「摩擦」

 


 多少旧聞で恐縮ですが、椎名林檎の「歌舞伎町の女王」を初めて聴いた時、それはそれは仰天したものです。九十九里浜の家を出た15歳の「あたし」が、母親に成り代わって「歌舞伎町の女王」の座に就く、という物語のこの歌は、フロイトの言うエディプス(親殺し)コンプレックスの女性版そのものであり、かくも深い精神世界を歌に乗せて表現できる人材がJポップに現れたことは、大きな喜びでした。


 椎名嬢ほどの凄みには及ばぬものの、文学もマッサオの深遠な歌を書く女性は続々と出ています。鬼束ちひろ(稚拙な英語詞を振り回す悪癖はありますが)や矢井田瞳(センパイ格の椎名嬢に酷似している難はありますが)も、これからの才能を予感させる人材でありましょう。歌作りだけではありません。歌も演奏も抜群にうまい女性バンドとして「GO!GO!7188」という名を覚えておいていただきたい。


 着せ替え人形みたいなカワイコちゃん歌手が依然多勢のJポップではありますが、自分の表現世界をしっかり持った女性ミュージシャンは確実に増えているようです。


 いやそれどころか最近は、日本語ロックの地平を広げるような画期的な歌のほとんどが、女性の手によるものと言っても過言ではありません。


 思い出したのが、以前ニューヨークで取材した中国系米国人ドキュメンタリー作家クリスティン・チョイの言葉です。服部君射殺事件などを題材に人種マイノリティー差別を告発する映画を作り続ける彼女に、なぜニューヨークに住むのかと問うと、


 「ここにはマジョリティーとマイノリティーの摩擦がいつもある。摩擦のないところに創造はない」


 との答えが返ってきました。


 翻ってみるに、わが国の「マイノリティー」とは女性なのではないでしょうか。ここでは「少数派」ではなく「差別・抑圧される側」の意味です。日本の企業社会に性差別が存在することを否定する人はいますまい。「痴漢」なんて性暴力が日常化しているのもわが国独特の現象です。特に20代の女性には「就職する・しない」「結婚する・しない」「出産する・しない」と、男性にはない重大な人生の決断が続発し、親など周囲から強いプレッシャーがかかります。そんな「摩擦」が、彼女たちの心に火花を散らせ、自己表現に向かわせるのではないか。そう思えるのです。


(AERA 2001年10月15日)





up.gif (380bytes)

home.gif (613bytes)


u_han.gif (685bytes)
Copyright(C) 1997 Hiromichi UGAYA.