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音の海賊たちが表通りをのし歩く
録音や演奏を盗んで、著作権料は払わない。立派な違法行為なのに、海賊盤の需要は衰えない。CDの普及で絶滅するはずが、逆に高品質化した。巨大化する音楽産業の、ヤミ経済である。


「ビートルズ・ウルトラ・レア・トラックス」。こんな見慣れないCDが日本のレコード店に並んだのは、1988年のことだった。買って帰った人たちは、驚愕せずにはいられなかった。正規のレコードに収められないまま埋もれていた曲や、名曲の別アレンジ演奏が、これでもかと詰め込まれていたのだ。

解散後20年にわたって、決して表に出ることのなかった幻の録音ばかりだった。
「そのうえ音質が最高。まるで手の届くところで4人が演奏しているようだった」
『ビートルズ海賊盤事典』(講談社)の著作がある収集家の松本常男さん(37)でさえ、このCDには興奮した。

このCDは次々に新しい音源を発掘、6巻を重ねた。全世界での売り上げは、数百万ドルに達すると推測されている。にもかかわらず、この「ウルトラ・レア・トラックス」は、ビートルズやレコード会社側に著作権料を支払うことはない。非合法の「海賊盤レコード」なのだ。

海賊盤。英語でBootleg(ブートレッグ)。もともとは密造酒の意味で、酒瓶を長靴の胴に隠したことから、この名がついた。

「ウルトラ・レア・トラックス」は、ごく普通のレコード店でも手に入った。アナログ盤時代の海賊盤が、マニア向けの店でひっそりと売られていたころには、考えられなかった現象である。

海賊盤に狙われるチャンピオンは、ローリング・ストーンズだ。コンサート・ツアーに1回出るたびに、公演を録音した海賊盤が、30から40種類出回るという。

ビートルズは、20年前にグループが消滅したので、数はストーンズに負けるが、それでもCD、アナログ合わせて4000種類近い海賊盤が確認されている。

ボブ・ディラン。レッド・ツェッペリン。ブルース・スプリングスティーン。ピンク・フロイド。まず、世界を市場に売れる「大物」であること。活動歴が長く、たくさんの未発表曲が眠っていること。コンサートを数多くこなしていること。アドリブ演奏が多く、会場ごとに演奏内容が違うと、さらに良い。正規のライブ盤を出していなければ、海賊盤業者にとっては最高だ。

(1)コンサート会場にひそかにテープレコーダーを持ち込み、録音する
(2)ラジオやテレビで放送された番組から録音する
(3)さまざまな手口を使い、コンサート会場でミキサーにレコーダーをつないで録音する
(4)正規のレコードを録音した際、ボツにされた録音や曲(アウトテイクと呼ぶ)を盗む

アナログ時代の海賊盤は、せいぜい(1)か(2)どまり。雑音の塊を買うような幼稚な録音が多かった。ところが、CDが主流になって以降、急に(3)(4)が増えた。音質は正規盤と同じくらい良好。本来は外部に出るはずのない音源である。

レコード発売前から評論家に音源を配って宣伝する日本と異なり、アメリカのレコード会社は、発売までは音源が絶対に外部に漏れないように警戒する。

警戒が厳重になるほど、発売前に「すっぱ抜いた」海賊盤の商品価値は上がる。業者は音源を手に入れるためには手段を選ばない。試し録りテープを盗んだり、ミキサーにこっそりコードをつないで録音。アーティスト本人が近親者にプレゼントしたテープが、海賊盤業者の手に渡った例もある。レコーディングやミキシングに立ち会うエンジニアが買収されている、という話も絶えない。

昨年秋、ベルリンでニューアルバム「アクトン・ベイビー」を製作していたU2は、録音したての原本テープをコピーされ、それが海賊盤になって出回った。

プリンスの「ブラック・アルバム」(87年)は、発売の1週間前になって、突然キャンセルされたことで有名だ。そっくり同じ内容の海賊盤が同じ時期に出回ったことから、録音を完了したとたんに音源が盗み出された、というのが真相のようだ。海賊盤は売れに売れた。

アーティストも危機感を抱く。最近、わざわざ「海賊盤封じ」を狙ってアルバムを作る例が増えている。傑作なのは、アメリカの鬼才フランク・ザッパだ。400種類の海賊盤が出回り、「ザッパの海賊盤ガイド」という本まで出ているアーティストである。

腹を立てたザッパは、演奏や音質の良い8枚を選び、音をコピーしたうえ、海賊盤からフォトコピーしたジャケットまで付けて、正規のレコードとして売り出した。アーティスト本人が、海賊盤のつくり方をそっくりまねて、逆襲したわけだ。名づけて「ビート・ザ・ブート」(海賊盤をやっつけろ)。

ポール・マッカートニーは、BBCの番組で演奏したとき、きっと海賊盤が作られるから妨害してやれ、と番組の模様を「オフィシャル・ブートレグ」(公式海賊盤)と名付けてリリースした。ところが、敵もさるもの。その時レコードに収められなかった録音をどこからか入手して、海賊盤として売り出してしまったのである。ポールの完敗だった。

1985年4月、ブルース・スプリングスティーンが日本で初めてコンサートを開いた時の話だ。公演からわずか2週間しかおかずに、大阪での演奏を収めた海賊盤が売り出された。大阪城を描いたジャケットまで付けて。録音の準備、プレス工場の確保、ジャケットの印刷、販売ルートの確保と、周到な用意をしなければ、とてもここまではできない。日本にも海賊盤業者ありや、と話題にはなったが、その正体はいまだに謎である。

欧米で流通している海賊盤は、ドイツ、イタリアや東ヨーロッパ、アジア地域では、台湾や香港(ホンコン)、韓国が生産地、とにらまれている。CD工場は、世界に100から150カ所あるが、大手レコード会社の系列工場ばかりではない。管理の目が行き届かないところもかなりある。

「工場には、偽のタイトルや、AとかBとかだけ書いたラベルを付けた元テープを渡して、プレスしてもらう。中身を問われたり、著作権団体に通報されたりすることは、まずない。万一、届け出ても、工場は何の得にもならないからだ」
アメリカで出版された海賊盤業者の手記では、こんな話が披露されている。

しかし、「密造工場捜し」も、終わりに近づいている。小型で安価なデジタル録音機材が、出始めているからだ。すでに、CDに音を記録する「CDレコーダー」が製品化されている。「パイオニア」が9月に発売した機種は、1台95万円。大きさもビデオデッキより一回り大きいくらい。1台あれば、アパートの一室でCDをプレスできる機械だ。

「誰でもCDを作れる時代が、そこまで来てしまいました」
日本音楽著作権協会の川口清さんの心配が現実になるまで、そう時間はかからないだろう。

「第九」のレコードを出しても、作曲者であるベートーベンに著作権料が支払われることはない。日本では、作詞・作曲者が持つ「著作権」は、作者の死後50年で消滅するからだ。

大きく分けると、音楽関係の「著作権」には2種類ある。作詞・作曲者が持つ「著作権」と、主にレコード会社が持つ「著作隣接権」である。現行の日本の著作権法では、外国で録音された曲について「著作隣接権」は、1978年以降しか保護されない。それ以前に録音された曲は、レコード会社の承諾なしにレコードを作っても「合法」なのだ。極端な例を言えば、市販のCDから音をコピーしてCDを製造しても、法には問われない。作者への著作権料さえ支払っておけば、大丈夫だ。駅の売店やコンビニ店で、よく1枚1000円前後の「廉価盤CD」を売っている。通常のCDの半額以下だ。

しかし、日本を出て保護期間の長い国へ行けば、これは立派な「海賊盤」である。たとえは悪いが、アメリカから日本に無修整ヌードを持ち込むと「ご法度」になるのに似ている。著作権を保護する法律は、国によって内容がかなり異なる。その中で日本は、欧米から「著作権への認識が低い国」と批判を浴びてきた。ウルグアイ・ラウンドで爼上に載せられた「知的所有権」問題とは、このあたりを指している。その著作権法も、ようやく改正される。来年1月から「著作隣接権」の保護期間は1968年まで引き上げられるのだ。

しかし、68年といえば、ビートルズの活動がようやく末期にさしかかったくらいの時期。日本レコード協会の調査によると、78年以前のレコードから音をコピーした商品は、日本で1000万枚も流通しており、そのうち75%が68年以前の音源なのである。

(AERA 91.11.05 )




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