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安楽死とは、つまり医師が自殺を手助けする、ということです。
安楽死を望む患者に医師が与えるのはバルビツールという睡眠薬の一種です。水に溶かしてコップで与える。ミントとオレンジの味があります。注射の場合もある。だいたい一分半で意識がなくなり、遅くとも七分で呼吸が止まります。眠りに落ちるように亡くなります。
私が働いている病院は、基本的には高齢者のための養老院です。が、終末期の患者なら四十から五十歳代、場合によっては二十五歳のエイズ患者もやって来る。二百八十人の入院者がいて、私の担当は約百人。そのうち九九%以上は自然に亡くなります。安楽死は年に一、二例でしかありません。
安楽死の施術には慣れることがありません。その日は朝から緊張しますし、患者にバルビツールのコップを渡す時は手が震える。楽しい作業では決してありません。
患者をわが妻や子供と同じように考えていては、とても仕事にならない。私はプロとして「死」に接しています。施術がうまく運び、患者が苦痛から解放された日には、家に帰ったあと「ああ、今日はいいことをしたな」とほっとします。
安楽死に必要な条件はこうです。(1)自分で起きあがれない、食事も自分でできないなど自立した生活が不可能で、しかも回復の望みがないという医師の診断(2)患者本人が確かに死を望んでいるという証明(3)患者が精神的に正常な判断ができるという証明。必要なら心理専門家の鑑定を求めます。死後に検察庁に報告することも義務づけられています。
○患者の決定権尊重する
パーキンソン病、エイズ、がん、筋萎縮性側索硬化症。病気は様々ですが、前述の条件を満たすことが必要です。例えば鬱病や分裂症の患者が「死にたいから手伝ってくれ」と頼んでくることがよくありますが、これはできません。
患者が意思表示できない時はどうするか? 脳死状態のときは、簡単です。すぐ人工呼吸器を外してしまう。回復の見込みがない植物状態なら、両親、配偶者、法的パートナーが判断します。
患者が安楽死を決めてから実行するまでの期間は、病気の進行によって違います。十二日のこともあれば、半年のこともあります。時間を置くことが重要です。そうでないと後でトラブルの因になる。
安楽死を容認している社会・文化的背景を挙げるなら、それは「個人主義」に尽きるでしょう。これには二つの側面があります。
まず患者の側。「もうこれ以上苦しみたくない。尊厳を持って死にたい」。それを決める権利が患者にはあります。「自分の人生は自分で決める」という個人主義の原則ともいえるでしょう。ですから、患者本人が安楽死を望めば、家族が反対しても施術します。
一方、家族の側にとっても、終末期の患者のケアを家族だけで引き受けることは無理です。家族にも仕事や学校があり、日中の世話は不可能です。だから、私のような専門家に任せる。
だからといって家族が冷たいというわけでは決してない。オランダ人も家族の結束は強い。が、家族にだって自分の生活、人生があり、それを守る権利があるのです。
なぜ欧米の中でオランダでだけ安楽死が制度化されているかって? それはオランダ人が嘘をつくのがヘタだからですよ。私の知るかぎり、欧州でも米国でも、こっそりと行われた安楽死の例はたくさんあります。フランスではいま、看護婦が終末期患者約三十人を安楽死させて大騒ぎになっていますよね?
オランダ人は、それを制度化し、組織化してオープンにした。私が『死を求める人びと』を書いた理由もそこにある。外に出て語りたかったのです。
断っておきますが、私は安楽死を伝道するつもりはありません。私の仕事は死を迎える人たちのケアをすることです。
○治療しないがケアする
死を迎える人々のケア。現在の医療現場や医学教育は、この分野がまったくお粗末です。さらに、現在の医療保険制度の下では、X線を撮ったり薬を処方することは儲けになるが、死に怯える患者の話をゆっくり一時間聞いてあげることはカネにならない。普通の医師はこの仕事をやりたがらない。
確かに、普通の医師の仕事は「病気を治して健康な状態に戻す」つまり治療(キュア)することです。私はキュアはしないがケアをする。患者と向き合い、じっくり話をする。仲間意識。見捨てられず、いつでも助けがあるという安心感。それを与える。そんなメンタルケアに近い作業を、辛抱強く続けます。そのうえで、患者が安楽死を選ぶならそれを助ける。
自分の人生の終え方を決める権利が保障されている。体が動かなくても、医師がそれを助けてくれる。安楽死とは、死を迎える患者へのケアの、ほんのひとつにすぎないのです。
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Bert Keizer 医師 一九四七年オランダ生まれ。英国で哲学を学んだあと「人間の存在に興味を持ち」二十四歳で医学部に入る。養老院「聖オシウス療養院」で終末医療に関わり、以来十六年間勤務する。そこでの日々を記したセミ・ノンフィクション『死を求める人びと』(角川春樹事務所)は、欧米十カ国で出版された。
(アエラ 1998年10月05日)
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