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[シリーズ医療構造危機 6] 医学部教授が貪った酒とカネ 製薬会社丸抱えでタダめし、タダ酒。そのうえ根拠のない現金を受け取る。なるほど医学部教授は特権階級。これでは金銭感覚が狂うはずだ。 |
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カウンター席に着いて、周囲を見回した。柔らかな間接照明に包まれたベージュの部屋は、豪奢な花があちこちに飾られ、高級ホテルのラウンジのようだ。カラオケはない。酔客と女性のざわめきだけが部屋を満たしている。 胸が大きく開いた深紅のスーツを着た女性が隣に座った。差し出した名刺にはユミと書いてある。 「コラーゲン。DHA。化学組成くらい言えますよ。自分で勉強してるんです」 東京・銀座の一等地にある高級会員制クラブ「K」にいる。医薬品業者が大学医学部教授ら医療界のVIPを接待するのに常用することで有名な店だ。高級クラブがひしめくこの界隈でも、土曜日に店を開けているのはここぐらい。後で述べる「研究会」のほとんどが週末に開かれるからだ。土曜の夜には製薬業者と医者でいっぱいになる、とユミさんは言う。
黒服のマネジャーが来た。お客様お仕事は、と尋ねるので、ちょっと医療関係を、とごまかす。 「治験」。「臨床試験」ともいう。製薬会社が新薬を開発する際、厚生省の認可を得るために、実際に人間に投薬して薬の安全性や有効性をテストする。そのための試験データ集めのことだ。主な舞台は、大学の付属病院や大学医局の関連病院だ。この治験の作業に付随して、製薬業者は教授たちに様々な便宜を提供する。
「常識化」しているパターンは 今回、八九年から九三年ごろにかけて皮膚科の大学教授数人に複数の製薬業者が行った便宜供与について、取材した。以下に記すのは、そのうち複数の内部証言や内部資料が得られたものだ。教授は三人。八六年から九四年まで日本皮膚科学会理事長だった石橋康正・元東大教授(九四年に定年退官して現在は東京逓信病院院長)。新村真人・東京慈恵会医大教授。大河原章・北大教授。三氏は飲食や現金など便宜供与を受けたことを認めている。 その舞台は「研究会」だ。「治験の会」とも呼ぶ。ある薬品メーカー社員に伴われ、その「研究会」の現場に行った。高級ホテル十階の宴会場。表には「439検討会」とだけ掲げられている。ドアのすき間から、白髪の紳士数人がディナーを囲んでいるのが見えた。 「研究会は439とかTC663とか、薬品のコード名で呼ぶんです。何の集まりか関係者以外は分かりません」 この社員は以下のように説明する。研究会の会場は、東京なら帝国、オークラ、ニューオータニなど最高級ホテルを選ぶ。遠来の教授には一泊三万円前後の部屋を用意する。交通費は言うに及ばず、ホテル内のレストランやバーでの飲食、電話代からマッサージまで、すべて製薬会社の丸抱え。部屋番号と名前を伝票にサインするだけでいい。 もちろん、研究会は単なる飲み食いだけの集まりではない。主な目的は、薬品や治験手続きの説明と症例報告などだ。これが最初の一時間前後。続いて、食べ放題飲み放題の立食パーティーが一時間半ほど続く。 例えば、九二年七月に開かれたある軟膏剤の研究会の会場は、東京全日空ホテルだった。北大から鹿児島大学まで、全国の二十大学と三病院から約六十人が参加した。石橋、新村両教授は「世話人」、大河原教授は参加者の一人として名を連ねている。 「研究会の始めか終わりに、白封筒をくれる。開くと五万円入っている。教授も封筒を受け取っていた。そんなことが毎回だった」 ある医学部関係者はそう話す。これが「お車代」「参加費」名目の現金供与である。先の製薬会社員は、次のように説明する。治験の責任者「総括医師」は十万から十五万円。ただし、有名教授なら二十万円。他の教授には十万円。助教授以下は五万円。領収書を書いてもらい税金は払う。一つの薬の治験に、研究会が六回、五人前後の「世話人」医師の会合が六回くらいある。一人の教授は最低でも複数社の五、六種、多い場合は十五から二十種の薬品の治験に加わっている。だから年に二十から三十回の研究会に参加する教授は珍しくない。年五十回という教授もいる。一回十万円でも年五百万円の収入だ。 例えば北大の大河原教授の場合、九三年六月から十月の五カ月間に、主に東京で開かれる大正、久光、住友、持田などの製薬会社の研究会に十二回出席、とある資料には記されている。 ホテルでの研究会が終わると、銀座や六本木のクラブでの接待がある。石橋・元東大教授と十回前後こうした場で同席したというある関係者は、次のように言う。石橋氏がよく行ったのは銀座の「S」というクラブだった。人数は、時には三十人から四十人。ホテルでの研究会に「S」の女性が迎えに来ることさえあった。ある夜、石橋氏と三軒はしごした。製薬会社の部長クラスがついて回り「それじゃあ次へ行きましょう」と石橋氏が言えば「それじゃあ、お会計してきます」と席を立ち、払う。石橋氏は一銭も払った形跡がない。その他、二年ほど前までは、新村教授はよほど疲れていない限りは飲みに行った、という製薬会社員の証言もある。
「研究会のあとクラブで飲んでいたら、石橋、新村、大河原教授が『マージャン行くから誰かついて来て』と製薬業者を連れ出して三次会へ行った」 同席した関係者からは、そんな話が次々に飛び出してきた。
治験のプロセスには五段階ある。 この(2)(3)(4)の始まりと終わりごとに研究会、その間に世話人会がある。総括医師は学会の理事長クラス、世話人は学会の主だった教授五人前後を選ぶ。東大級の大学が外されることはまずない。実施施設はできるだけ散らすのがこつだ。薬が認可されて発売されたときの売り込みに役立つからだ。 「旧七帝大の教授には入ってほしいので、教授の顔触れは限られてくる。結局いくつものメーカーの治験を十〜十五人の教授でぐるぐる回している」 ある製薬会社員はそう話す。 「新村教授の論文を四本代筆したことがある。他の教授も入れると、十年間に代筆した論文は十本では収まらない」 そう証言するのは、ある医薬品メーカーの社員だ。治験を終えた薬を厚生省に認可申請する際、症例報告に添付する、長さ三〜二十ページの報告論文のことだ。下書きを教授に見せて朱を入れてもらい、何度かやり取りして仕上げる。もちろん、学会誌などに発表する時は教授の名前。長さなどにもよるが「原稿料」は十万〜三十万円が相場、とこの社員は言う。 こんな不可解なカネばかりでなく、治験への報酬を払う正規のルートはちゃんと整備されている。まず「受託研究費」。症例記録用紙(ケースカード)一枚あたり三十万円前後の報酬が、国立大学なら国の会計、私立医大なら病院の会計に入る。学会に支払う「学会協賛金」というルートもある。こちらは、「参加費」「原稿料」と違って組織に支払われ、教授個人は自由には使えない。この部分は明朗だ。 以上の点を、石橋、新村、大河原の三氏に取材した。共通しているのは(1)製薬会社に奢られることが「悪い」という認識がない(2)「参加費」は報酬として当然、という認識だ。まず石橋氏から。
―なぜ二次会や三次会が必要なのですか。
―業者が全額払いますね。
―どうしてそんな贅沢な店でやる必要があるんですか。
次に大河原教授。
―ということは、自分で払わないのですか。
―つまり丸抱えですね。
―正規の報酬があるのになぜ「参加費」を受け取るのですか。
続いて新村教授。
―論文を製薬会社に代筆させたことがありますか。
三氏は、クラブ接待もあくまで薬剤の検討会、という立場を変えない。が、三氏を接待した製薬会社員は次のように言うのだ。 製薬業界の自主規制をモニターする機関「医療用医薬品製造業公正取引協議会」は、接待など便宜供与に関する細かいガイドラインを作っている。同会によると、研究会への参加費は「受託研究費」に含まれている。改めて教授に現金を渡す必要はないはずだ。論文の資料集めは業者がすべきではない、という判断だ。三氏の主張は根拠が薄弱だ。
なぜ製薬会社はこうした常識はずれの便宜供与をするのか。
「接待を重ねて治験を終え、市販した製品が、百億円単位の売り上げを出したんです」 研究会にかかる費用は一回千万円、世話人会は百万円程度。薬がもたらす利益に比べれば小さい。国公立大学・病院の教授や医師への便宜供与が法に触れかねないことは、製薬業者も熟知しているらしい。ある業者が、次のような処理の仕方を教えてくれた。 国公立大学の教授を接待した時は、医薬品問屋を接待したことにして、請求書や領収書を上司に提出する。が、そこには付箋を付けて「××教授を接待」と書いておく。上司はそれを見てハンコを押したあと、付箋をはがして捨てる。 「医者はただで飲み食い。業者はもうかる。患者はいい薬が手に入る。みんなハッピーでいいじゃないか。だけど、どこかおかしいぞ。よくそう思うんです。結局接待の費用は薬価に上乗せされて患者の負担になるんですから」 ある製薬会社の元社員がそう言った。 「新薬開発には、平均で百七十億円がかかる」(日本製薬団体連合会会長の森岡茂夫・山之内製薬会長)。しかしよく考えると、この百七十億円の開発費の何パーセントかは、大学教授たちの飲み食いの費用ではないのか。
(AERA 95.12.04 ) |
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