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[シリーズ医療構造危機 2]
美容医療という危険地帯
「美容整形」には保険が適用されない。行政の目が届かない「無法地帯」だ。違法すれすれの雑誌広告に惑わされると取り返しのつかない結果になる。


毎日、陰茎の根元に紐を巻いて太さを計ること。それが、大阪市の会社員氏(六一)の楽しみである。

「機能」が低下してがっくりしていた二年ほど前に、夕刊紙で東京の美容外科医の存在を知った。上京して半円のチョークのようなシリコーン材を二本埋め込み、四十五万円。二年後には顔面のしわ取り手術をして白髪を染め「第二の青春」を謳歌している。 「持続力も大きさもアップして、仕事でも自信がつきました。もちろん妻も喜んでいます」

東京の「銀座美容外科」によると「性器整形」は月五、六例ある。女性なら、小陰唇を小さくする。膣の締まりを改善する。性器も「美容」の対象なのだ。

横浜市の女子専門学校生(20)の場合、目を二重にして歯並びを矯正、さらに病院に勧められるままヘソを整形した。目とヘソでしめて三十万円。さらに、顎にシリコーンを入れて丸顔を直す予定だ。
「特別な決心はいらなかった。お化粧のバリエーションが増えたみたいなものです」

美容医療は、内科や眼科などと違って医療の中でも例外的な分野だ。病気を治療するのではないから「切迫性」がない。社会医療保険が適用されないため、患者が医者に支払う治療費は数万から数十万円単位と、高額になる。同じ病院の同じ手術でも、院長が執刀すると値段が上がる例もある。

加えて、美容外科のマーケットは、本来小さい。
「欧米の試算では、人口百万人に美容外科医一人で十分、といわれる。内科医は人口千人に一人が必要だから、美容外科医は内科医の千倍のマーケットエリアが必要。だからPRのためマスメディアの力が必要になる」
平賀義雄・日本美容医療協会理事はそう分析する

この試算が正しいなら、日本全国に美容外科医は百二十人いれば足りる勘定だ。が、現実には全国で千人内外の「美容外科医」がいる(推計)。つまり、美容医療界は医師の過剰供給時代のテストケースなのだ。そこでは何が起こっているのか。過当競争である。

大きく分けて@広告競争A価格競争B「通院不要」「腫れない手術」など技術競争、の3点だ。

広告合戦の舞台は女性誌だ。モデル写真を使って「切らずに直すエステ感党」「自然な美しい仕上がり」云々と宣伝文句が並ぶ。が、よく考えると変だ。病院などの広告は所在地や電話番号など必要最低限の項目だけに医療法で制限されているはずだ。

からくりはこうだ。広告の隅に、必ず院長の著作の写真が入っている。医院の広告ではなく書籍の広告の体載を取っているのだ。ここまでやるのは、広告の効果が絶大だからだ。

「ボーナスシーズンや学佼の休みの時期を狙って大手病院がキャンペーン広告を打つと、患者ががたんと減るんですよ」都内で個人開業するある美容外ある大手病院は、雑誌などへの広告費は月四百万円と明かす。見開き約二百万円の広告を、女性誌十誌に出す病院もあるそうだ。

この記事の取材のため、東京・新橋にある大手の「十仁病院」を訪ねた時のことだ。ちやんと広報担当者がいて、患者の傾向など報道用プリントをくれた。写真を撮影したいと頼むと、別室に案内してくれた。驚いたことに、石膏のマスク三千個が、一室に広げたままになっていた。マスコミの撮影用に置いてあるのだという。

「へそ出しルックの流行で『へそ整形』を受ける若い女性が急増」
前述の平賀理事は、最近そんな新聞記事を見て首をひねった。開業二十年近い平賀理事には、水着シーズンになるとへそ整形が増えるのは毎年のこと。宣伝上手で知られる大手病院院長のコメントが記事中にあったので、なるほどと思った。数年前にも「就職前の男性のリクルート整形が流行」と、似たパターンの記事があったからだ。

「モニター」制度もこの業界独特だ。マスコミの取材に答える代わりに、手術代を値引きする、という契約を結んだ患者のことだ。

七五年ごろまで、美容外科医は全国で百数十人しかいなかった。それが、七八年に「美容外科」が正規の診療科目として厚生省に認められ、さらにバプル経済期を経て急増。大手病院で技術を覚えた医師が次々に独立したからだ。

医学雑誌「日本医事新報」の求人広告を見ると、美容外科病院は決まって最高水準の高拾をうたっている。例えば、年収千二百万〜三千五百万円以上。年休百七十六日以上。「美容外科なら三十代で豪邸を建ててベンツを乗り回せる」。
そう俗に噂される所以だ。

さらに「経験不問」なる条件が多い。これはどういう意味か。
「病院によっては、昨日まで内科や皮膚科、麻酔科だった医者が執刀しているんですよ」 日本美容医療協会の上野冬生常任理事はそう話す。「美容外科」は医師の免許さえあれば名乗れる「一般標榜」だからだ。

医師募集に「経験不問」をうたう病院は、仕事をさせつつ院内で技術を学ばせるケースが多い。

医学部卒業後、一般外科を二〜三年。形成外科(傷や奇形を修復する外科)を最低三年。それでやっと美容外科を自分で学ぶ入り口にたどり着く。そう信じる上野常任理事には、質に疑間符がつく病院が目について仕方がない。

「内科や産婦人科は数が多く、今では開業が難しい。技術を教えてほしい、とここへ来る。結局独立してライバルになった医師が三百人くらいいる」
大手病院「高須クリニック」の高須克弥院長はそう話す。

数年前、上野常任理事の診療所に二十代の女性が来た。顎に入れたシリコーン材を抜いてほしい、という。大手病院で目を二重にする手術を受けた際、手術台に上がったとたん「顎もきれいにすれば」と言われた。断り切れず受けたが気に入らない、というのだ。「どうしてそんな病院へ、というような所ばかり数カ所行っていた。聞くと、広告で知ったらしい」

一方、価格競争の例は、値引きだ。例えば、ある都内の大手病院は「学割」を設けている。目を二重にする手術は、学生なら約半額の十万円。「豊胸」は百二十七万円のところ五十五万円だ。

実は、日本の美容医療界には全体をまとめる団体がなかった。七八年ごろから同名の「日本美容外科学会」が二つ存在して対立してきたからだ。厚生省の後押しで「日本美容医療協会」が発足したのが九一年(二つの「学会」は現在も存続している)。協会が病院を審査して「マル適マーク」を発行するようになったのは、昨年夏のことにすぎない。

(AERA 95.9.18)





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