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こんなとき、ぼくは立ちつくすのです。
呆然と立ちつくして動くことができないのです。
それは、あまりに美しい風景を見たとき。
例えば、永代橋が川面にうつす、青い青いブルー。
いつか京都でみた、東山三十六峰の夜明けの色にもにています。
フランス映画で見た、エーゲ海の色にもにています。
アメリカの砂漠の街で売っていた、ターコイズの色にもにています。
どのブルーも、そのまま宇宙につながる青でした。
でも、そのどれともちがうのです。
ぼくがいま目にしているブルーは。
彼は待ってくれません。
風がやってきて、川面はゆらぎ、ブルーもいっしょにおどります。
「ねえ、きれいでしょ?はやくしないと行っちゃうよ」
そう言ってぼくをせかすのです。
「絵」で見せるのは、本当にカンタンです。
自転車をとめ
腰のメッセンジャー・バッグから
電子カメラを取り出して
ボタンをちょこちょこといじって
シャッターを押す。
それだけでいいんですから。
映画監督、写真家がうらやましいなあと思います。
なぜならぼくは、この美しいブルーを、言葉で人に伝えなければならないから。
このブルーがささやく
小さな小さな声に耳をかたむけ
その意味を人に伝えなければならないから。
ぼくの心のふるえが出す
小さな小さな音に耳を澄ませ
それを言葉にしなくてはならないから。
人に伝えなければならないから。
ぼくはときに焦燥感で気が狂いそうになります。
この世界には、美しいものが多すぎる。
それなのに、ぼくはなにをしているのでしょう。
ぼくには、あと何年残されているのでしょう。
この美しいものたちを人に伝える仕事のために。
そもそも、ぼくにそんな能力があるのでしょうか。
ない。あるとは思えない。でもやらなくてはいけない。
あのブルーが、そうしてほしいとささやくのです。
君に書いてほしい、というのです。「ぼくの姿が見える人は少ししかいないんだよ」というのです。
やらなくてはいけないことはあまりに多すぎる。
醜いものたちは、もうたくさんだ。
そんなものは、もうじゅうぶん知っている。
そんなものを伝えてくれなくても、もういい。
言葉を、そんなものに使いたくない。
ぼくは一体なにをしているのでしょう。
こんなに無為な日々をすごして。
(2001.11.7)
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