|
■SLAPP訴訟としてのオリコン裁判は大成功だった■ オリコンが33ヶ月間に烏賀陽に与えた損害
|
|
今回のオリコン裁判がオリコンの自滅で終ったことはもうお分かりいただけたと思います。 一方、私が裁判を経験してわかったオリコン裁判の別の側面を指摘しておかなければなりません。それは、私がオリコン裁判を経験してわかった「限界」です。 (A)SLAPP訴訟としてのオリコン裁判は大成功だった。 これについて述べましょう。まず今回は(A)から。 オリコンにとって、私を提訴して33ヶ月間苦しめ続けただけで、もうSLAPP訴訟の目的は達成しています。 結論を先に言ってしまえば、烏賀陽を33ヶ月間裁判に縛りつけ、公的発言を封じることに成功しました。 また、ほかのオリコンへの潜在的な批判者も「オリコンについて疑問を言っただけで烏賀陽みたいな目に遭うなんて、近寄らないほうがいい」(本当はサイゾーのコメントは捏造なのですが、受け取る側にとっては効果は同じです)という「見せしめ効果」が発生しました。 こうした潜在的な公的発言を沈黙させることができたのです。当分、オリコンのチャートの透明性や信用性について疑問を提示する公的発言は出ないでしょう。 これだけでも、オリコンにとって提訴は大成功です。もっと言ってしまえば、裁判の結果(勝ち負け)など特にどうでもいいことなのです。これはSLAPPの教科書に出ているSLAPPの特徴のひとつです。 非常に象徴的だったのは、東京地裁での一審判決の日(08年4月22日)、オリコン側の弁護士は誰も法廷に来なかったという事実です。 それまで、オリコン側の3人の代理人(専従:笹浪雅義、中島秀二、高村健一弁護士)は欠かさず法廷に来ていました。 特に笹浪弁護士は、サイゾー掲載後に私の取材申し込みをしたおりに「オリコンの広報を代理で引き受けている」と窓口になったり、サイゾー当てに内容証明郵便を送り付けてきたり、縁の深い方です。その3人が、よりによって一番大事な判決言い渡しの場にいないのです。 傍聴席は満員でした。被告人席も烏賀陽側弁護団4人と烏賀陽本人ですし詰めです。裁判官は綿引穰裁判長はじめ3人が臨席しています。 私はすべてを察しました。オリコンは判決の結果などどうでもいいのだなと。 小池恒社長がリリースで明言したとおり「提訴の目的はカネではない(名誉毀損による損害の回復ではない)。烏賀陽がAERAに書いた記事までさかのぼって『誤りだった』と認め、謝罪すること」が提訴の目的なのですから、こちらが屈服しなければオリコンは「あ、そう。じゃずっと裁判コストで苦しんでちょうだい。後は知らないからね」で終わりです。 (だからこそ、東京高裁が『烏賀陽に謝罪するか、自己敗訴宣言するか、どちらかにしろ』とオリコンに二者択一を迫ったのは『こんないやがらせ訴訟、さっさと終らせなさい。烏賀陽さんにこんなひどい苦痛を与えるのはおかしいでしょう』という不快感のメッセージを送ったと理解するのが妥当でしょう→後述の上申書を出した後に高裁の職権和解案が出ました) 33ヶ月間にオリコンが私に与えた損害は数え切れないのですが、最小限いくつか挙げると、こうなります。 1)経済的なダメージ オリコンの提訴(2006年11月)の影響がなかった2005年、私の年収は確定申告額約500万円でした。 それが2007年=約225万円 2008年=約120万円と激減します。 とうことは2007年から2009年の間だけで850万円前後の収入減が発生したという計算です。 それに弁護士費用が加わります。一審弁護団の着手金が70万円でした。弁護団が交代したので、2審弁護団にも同じ額を払いました。つまり合計140万円。二審弁護団への謝礼金はまだ払っていません。金額も確定していません。 (判決や和解内容によく出てくる『訴訟費用』に弁護士費用は含まれません。裁判所がいう訴訟費用とは、裁判所を使う施設使用代のことです。通称『印紙代』といいます。『民事訴訟は本人でもできる』という建前なので、弁護士を雇うのはそれぞれの勝手、と裁判所は見なします) ここまでで、すでに1000万円近い金銭的損害が発生しています。 なぜ収入が減ったのでしょう。 裁判が始まると、無数の用事が発生します。裁判所の法廷や進行協議の日程がどんどんはいります。弁護団との会議が毎週か2週に一度は必ず入ります。 その間に証人や証拠を探したり、陳述書を書いたり、自分の過去の日記やノート、パソコンやメールを総ざらえして、係争になっている過去の事実を確認したり、音楽業界に疎い弁護士の先生にレクチャーをしてくれる人を探したり(ほとんどの音楽業界人はオリコンの敵対者と見られるのを恐れて逃げたので人選が大変だった)。どれも自分の職業的生命がかかっているのですから、一瞬も手抜きはできません。渋る人は説得しなくてはいけない。 また「いつ裁判所から、オリコンから書面が出て緊急対応しなくてはいけない事態」が発生するかわかりませんので、待機時間もある。 このような煩雑なスケジュールの間に、本を書くような、あるいは雑誌に10ページにわたるような記事を掲載するような大きな仕事(=収入を増やすような大きな仕事)を割り込ませることは物理的に不可能です。一体いくつの原稿や単行本の注文を「スケジュールが裁判で一杯で、すみません」と泣く泣く断ったか、わかりません。 「生活すべてが裁判スケジュールを中心に回るようになる」と言っていいでしょう。 これらの作業、すべて無給です。私はサラリーマンではありませんので、固定収入がありません。働く時間を無給の仕事に奪われればそれは収入減に直結します。「時間を奪うこと=収入を奪うこと」なのです。これはすべての自営業者に共通することでしょう。 ここがSLAPP裁判の悪質な狙いです。もちろん、オリコンもそれは承知でやっています。朝日新聞社の社員だった03年2月3日のAERAでは提訴を起こさず、私がフリーになってから提訴しているのですから。しかも時効をすぎたAERAの記事までくっつけて訴えてたのですから、意図がクリアにわかります。 「そんなことは全部弁護士に任せればいいんじゃないの?」 私も裁判を経験していなかったころならそう思ったことでしょう。しかし、裁判当事者になってみて、法曹界とはそういう甘い仕組みにはなっていないことが分かりました。 当事者は自分なのですから、事情を一番詳しく知っているのは弁護士ではなく自分なのです。弁護士も細部はわからない。わからないから、まず自分の弁護士に事実を説明して、ためらいなく事実を法廷で主張してもらえるよう、納得してもらわなくてはいけない。そして情報(証人、証拠)収拾も「××さんが証言してくれそうだ」「あの日のメールを提出すれば反論できる」と考えつくのは自分以外にいないのです。 例えば。入院しても、医者は自宅から着替えや本を運んではくれません。運ぼうにも、自宅も知らないし、どこに寝間着があるのかもわからない。本人か家族が運んだり、買い出しに行きます。入院するほど病に苦しんでいても、医師はそこまでやってくれない。弁護士とクライアントの関係もそれに似ているかもしれません。 「なんで高いカネ払ってそこまでせなアカンの?」と言われても、私にはわかりません(笑)。ふたつの弁護団、7人の弁護士と一緒に裁判をやりましたが、基本的には弁護士さんと依頼人の関係は同じでした。
また、もし弁護士に丸投げして知らんぷりしたら、弁護士も事情がわからないままのあやふやな主張しか法廷でできず、裁判官の心証は悪化します。つまり、負ける確率が高まるだけです。
オーナー社長のように、指先ひとつで、自分の財布はまったく痛めず、会社のカネで顧問弁護士を使える人などが、そうです。 しかし、ただの一市民にすぎない多数の人々にとって、それは無理でしょう。 だから、勝とうと願うのなら、本人が先頭に立って動くしかないのです。 つまり、企業や大組織、富裕層など「社会的強者」にとっては、訴訟などカネさえ払えばたいしたことはない。 社会的に弱い市民ほど、自己犠牲を強いられるのです。
2)精神・肉体上の健康のダメージ 裁判の間ずっと、私は精神科のクリニックに2週に一度通院していました。今も通院しています。精神が疲弊しきってしまい、抑うつの症状を起こしたからです。 そして抗うつ剤と精神安定剤、入眠剤と睡眠安定剤の処方を受けています。抗うつ剤が一日6錠、精神安定剤6錠、寝る前に睡眠導入剤を2錠と睡眠安定剤を2錠。そのほか心身の緊張を解く緩和剤などなど。これだけ服用してようやく耐えています。 33ヶ月の裁判が終ったいま、自分の心身が想像以上に疲弊し切っていることに気付きます。あまりに疲弊していて、どれくらい疲弊しているのか把握できないくらいです。 本当にへとへと、くたくたです。記者会見などでは、最後の力を振り絞って毅然とふるまっているに過ぎない。帰宅したらすぐ卒倒するように眠ってしまいます。 正直言って、33ヶ月も異常な緊張下に置かれたので、どんな状態が「平常」だったのか忘れてしまった。今も、心からくつろぐということができない。「くつろぐ」というのがどういう状態なのか、感覚が麻痺してしまって、分からなくなってしまったのです。 長く戦場に行って生命の危険に曝され続けた兵士が、帰国しても平和な暮らしに順応できない気持ちがわかります。 裁判の間ずっと、極度の緊張状態に置かれたせいで、重度の不眠症になりました。 寝床に入っても寝つけない。くたくたにくたびれているのに眠れないのです。寝入っても、3時間くらいで目が覚める。よく「夢でよかった」というような悪夢を見ました。そして朝が来る。そんな毎日が続きました。 睡眠薬の量がどんどん増えていき、最後は医師が「これ以上は危険だから、がまんしてください」という量にまでなりました。 自分も裁判で証人台に立った経験がある担当医は「裁判の被告にされるなんて極度の緊張状態に長時間置かれたら、抑うつは普通治らない。神経が興奮したまま眠っても神緊張が解けなくなってしまうのは当然です」と説明しました。 泥のように疲れているのに眠れない、というのがどんなにつらいか想像してみてください。翌日も裁判準備でやらなくてはいけないことは山のようにある。目覚まし時計も鳴らないのに「ああ、あれしなくちゃ、これしなくちゃ」と心がざわついて、どうしようもなく目が覚めてしまう。 少しでも手を抜くと自分の人生を賭けた裁判に負けてしまう、という恐怖心がいつも心から離れることがないのです。08年4月に東京地裁で敗訴してから、いっそう症状がひどくなりました。 最後のほうは、寝ていないのに、緊張しすぎて眠気を感じなくなった。これは本当にヤバいと思いました。 夜「ちょっとニュースでも見よう」とソファに座り、テレビのスイッチを入れたとたん、気を失うように眠ってしまい、はっと気付いたら3時間か4時間経っていた、なんてことがよくありました。食事をしていたら、そのまま箸と茶わんを握ったまま食卓に前倒しになって眠ってしまったこともある。こうなると「眠った」というよりは「気絶した」といった方がいいでしょう。裁判の時間が長引くにつれ、こうした症状はひどくなりました。今も続いています。 大げさでも誇張でもありません。私が09年6月8日付で東京高裁に提出した「上申書」を転載しましょう。 ------------------------------------------------ 平成20年(ネ)第2839号 損害賠償等請求控訴事件 上 申 書 東 京 高 等 裁 判 所 2009年(平成21年)6月8日 私は、本件に関して、下記の通り、上申致します。
記 はじめに 1 この裁判について 2 私の苦しみについて 「抑うつ」症状の治療のため、私は、抗うつ剤を一日6錠、精神安定剤を6錠飲 オリコンの提訴以来30ヶ月、熟睡した夜はただの一晩もありません。寝つきが極端に悪く、寝ついても夜中に何度も目が覚めます。眠りが浅い。毎晩これでもかというほど悪夢にうなされます。床に就くのが嫌になりました。睡眠が苦痛であることが、どれほど苦しいことか、ご想像いただけるでしょうか。 精神的緊張のせいで、眠っている間に奥歯を激しく噛みしめているらしく、よく激痛で目が覚めます。目が覚めると奥歯の一部が欠けていたことすらあります。極度の緊張で筋肉が収縮してしまうのです。 また「気付かないうちに、致命的な何かをし忘れ、取り返しのつかない事態を招いたのではないか」という強迫観念に悩まされ続けています。そのため、いつも「何か忘れているのではないか、何か忘れているのではないか」という恐怖感に追い回されています。来る日も来る日も、ゆっくりくつろぐということができなくなりました。朝、半睡状態で目覚めた瞬間から「ああ、何か忘れているんじゃないか。手遅れになっちゃうよ」とパニックに陥るため、毎朝起きて1時間くらいは狼狽したまま何も手に付かない状態が続きます。落ち着いて考えることもできません。 抑うつの苦しい症状のひとつは、電池が切れ、体から力が抜けたようになり、立ち上がる気力すら起こらない症状が前触れもなしに起きることです。また、頭をハンマーで殴られたような激しい頭痛、天地がぐるぐる回っているようなひどい目まい、それに伴って乗物酔のような吐き気に襲われることもよくあります。 夜、私は一人寝室でベッドの上に座ってぼんやりしていることがよくあります。眠っても悪夢に悩まされるため、睡眠薬が効いてくるまでただぼんやりしているしかないのです。そのまま夜明けを迎えてしまうこともあります。そんなとき、自然に涙が目からぼたぼた落ちることがよくあります。その感情を説明するのは難しい。怒りや哀しみ、悔しさ、屈辱感など、負の感情がミックスして、心の中でぐるぐる渦を巻いているのです。 3 医師の診断について 4 私の人生について そして、2005年に著作を3冊出し、さあこれからという一番大事な時にオリコンが提訴してきたのです。この43歳から46歳という、もっとも職業的に充実しているはずの3年を裁判によって奪われた怒りと悔しさを何に例えればよいのでしょう。私には想像ができません。やっとこれで本腰を入れて著作に専念できる、思う存分仕事に打ち込むことができるという期待に胸を膨らませていたとき、その夢はオリコンの悪意によって無残に打ち砕かれました。この3年に私が失ったもの、オリコンの悪意がなければ達成できていたはずの仕事を想像すると、私は怒りで気が狂いそうになります(ですからあまり考えないように努めています)。きっと本をもう4〜5冊書いていたことでしょう。まさに「人生を狂わされる」とはこのような状態を指すのではないでしょうか。 5 「裁判上の和解」について 地方裁判所は私の必死の訴えにまったく耳を貸しませんでした。一審弁護団は私の陳述書すら出し忘れるという幼稚なミスを繰り返しました。ただ一人、善意と正直さで事態に対応している私だけが、地獄のような虐待の中に取り残されているのです。善意の人間がひとり苦痛を受けるという現在の私の状況は、どうしても納得できません。 こんな理不尽な精神的虐待にずっと30ヶ月も曝され続けているという激しいストレスに、もっと目を向けていただきたいと切に望みます。「精神的に負けてしまうと、オリコンの思うつぼだ」とできるだけ気丈にふるまうようにしていますが、本当は心身とも限界に近づいています。理不尽で身勝手な虐待のせいで、私はまるでDVやレイプ被害者のような精神状態に追い詰められています。 こうして虐待を続けて私が屈服することを待っているオリコンは、まるで隠れキリシタンを水責めにして「転び」を強要する拷問者のようなものです。そんな理不尽な暴力を加えてきた相手と、向こうが「謝罪」もしないというのにどうやって折り合えるというのでしょうか。 それでも、私はオリコンに経済的賠償を求めることを譲ったのです。それで「謝罪」もしないというのでは、つまりは自分の加害責任を何も認めないということです。 以 上 ------------------------------------------------ SLAPP訴訟の定義をもう一度おさらいしておきます。 1)民事訴訟であること。 ('SLAPPs: Getting sued for speaking out' George W.Pring and Penelope Canan. Temple Univeristy Press,1996) こうして見ると、オリコンは見事にSLAPP訴訟を成功させたといえるでしょう。私に与えた苦痛、それによって私が沈黙を強いられたこと、回りの批判者が私の境遇を見て沈黙したこと。見事としかいいようがないくらいオリコンのSLAPPは成功しています。 それはまさに「苦痛を与えて転向を迫る」という点で、戦後の日本(民主主義社会のはずなのに)に現れた新しい形の拷問、合法的脅迫といえるでしょう。 SLAPPについてのもうひとつの重要な英語文献のタイトルはずばり"Legal Intimidation"です。「合法的脅迫」と「法を使った脅迫」とふたつの意味があります。この言葉こそオリコン裁判、そしてSLAPP訴訟の本質を一言で言い表している言葉はない。 ( Fiona Donson / Free Association Books ) もちろん、私が将来企業としてのオリコンそのものについてまた書く可能性はあります(オリコン裁判はどしどし書きます)。 しかし、これだけ反社会的な提訴をして謝罪もせずに開き直っているような反社会的な企業ですから、今度書くときは「訴えられても負けないようなオリコンにとって致命的なエビデンス」を握って、書く必要があるでしょう。 これは「萎縮効果」とも取れますし「より慎重になった」とも取れます。まあ、オリコンにそれほどのニュース価値があるとは思えません。今のところ。オリコンさん、どうぞご安心を。 こういうふうに「非常識なヤツほど得をする」という構造をゲーム理論では「非合理プレイヤー勝利の原則」(Rule of irrational player)といいます。社会常識や良識を破ることが平気な非合理な勢力は、次の行動を合理的に推論できないので、合理的に行動する側が恐怖を感じてしまい、それだけで勝負に負けるという意味です。北朝鮮はこのゲーム理論を外交で最大限に実践しています。 私はここで、自分がオリコン裁判という「合法的脅迫」でどれほど虐待されたのかを敢えて述べました。 あなたは、このリスクを踏む勇気があるでしょうか。 「反社会的な提訴を平気でやって、苦しめた相手に謝罪もせずに開き直っているような反社会的な企業だ」「何をするかわからない連中だ」「常識が通用しない企業だ」 そんな認識が広まったから、オリコンは得をしたのです。
彼らがほしかったのは「批判や疑問の提示を沈黙させること」なのですから。 「烏賀陽さんの受けた被害が知れ渡ると、ますます言論が萎縮するからやめた方がいい」と弁護団にもアドバイスされました。 しかし、もう事態は遅すぎる。SLAPP被害は私のような「職業言論人」だけではなく、企業の内部告発者やブロガー、住民運動といった一般市民に広がっています。 「企業価値(株価、ブランドバリュー、社会的信用など)を守る」という美名の下に「市民が公に意見を言う権利」は激しくSLAPPによって攻撃されるでしょう。 恐ろしいことに、弁護士たちがそれでカネもうけができる法的環境が日本にはある。弁護士人口が増え続ける将来、そうした動きが増えこそすれ、減ることはありません。 「市民が公に意見を言う権利」といいましたが、これこそ憲法21条が保障する「言論・表現の自由」です。SLAPPはその民主主義そして基本的人権の敵なのです。 もはや、SLAPPという悪性のウィルスはばらまかれてしまった。パンデミック(爆発感染流行)は時間の問題です。 ならば、どしどし情報を公開して危険を社会に知らせた方が、市民の安全のためになる。私はそう思います。 SARSの流行を隠し続けた中国で、感染死が大量発生したような愚行を繰り返してはなりません。 では、このSLAPPという明らかな訴訟の悪用がなぜ日本の法律では防げないのでしょうか。これを次回述べます。 (2009.8.28)
|
|||
|
|
| Copyright(C) 1997 Hiromichi UGAYA. |